2022年7月17日 礼拝メッセージ

メッセンジャー:仁科宣雄師

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「恵みによる救い」            ( 使徒の働き 15章  4~21節 )

 どのような社会も、成長すればするほど、「原点」に帰る時があります。教会も同じです。多くの人が救われて成長することは大きな祝福ですが、皆が一致をもって目に見えない神を信じることは、どんな社会よりも難しいことであることは確かでしょう。聖書に約束された「主の日」、すべてが明らかになることを信じて、私たちは「キリストの愛と希望に生きるクリスチャン」として、お互いが成長し、神を表していけるよう願わされます。

Ⅰ.ユダヤ人と異邦人の壁      (15:1~3)

 多くの異邦人が集うアンティオキア教会はまさに宣教の拠点となりました。しかし、そこへエルサレム教会からやってきたユダヤ人たちが「割礼を受けなければ救われない」と教え始め、教会はきしみが生じていました。
 パウロは、主イエスの十字架と復活を、自分のためであったと認め、受け入れる信仰によって「心の割礼」を受けるなら、それこそ本当の割礼です。(ローマ2:92)と唱えます。しかし、やってきたユダヤ人たちは逆で、救われるためには信仰だけでは不十分だと自分たちの主張を譲りません。パウロとバルナバたちは、エルサレムの使徒たちや長老たちと話合い、解決するためにエルサレムに遣わされました。

Ⅱ.エルサレム会議      (15:4~21)

 一行はエルサレムに着き、同様の報告をしますが、ここにも、異邦人の信徒に割礼を受けさせるべきと主張するパリサイ派のクリスチャンがいて、改めて協議します。
 協議とは、神のみこころを確定するため、みこころに気づくためです。教会の会議は、議論して勝ち負けを決めることでも、民主主義による多数決でもなく、聖霊なる神が導いておられることを全員で見上げて、自ら従うことを決断することです。多くの議論が交わされるなかで、
 ①(:7~9)ペテロは、「神」が主語として語ります。神がイエスを信じた異邦人コルネリオたちに、聖霊をお与えになったこと(10章)。それは、神だけができ得る「みわざ」であること。神は、彼らの心を信仰によってきよめてくださったことを証言しました。
 ②パウロとバルナバは、伝道旅行で目の当たりにした、異邦人の救いと言う神の恵みを語りました。③ヤコブ(イエスの弟)はアモス書を引用し、異邦人の救いは神のみこころにかなったことだと改めて示し、「異邦人の間で神に立ち返る者たちを悩ませてはいけません(:19)」と語り、「ただ、神に従う者としてふさわしい聖い生活をするように(:20)と勧めます。 

Ⅲ.「神の恵みによる救い」      (15:22~29)

 会議を通して、出席者全員が「割礼は必要なし」という結論をにぎりました。結論とともに、協議されたそれらは、書簡として明文化し、アンティオキヤの教会に送られることになりました。そして、もう一つ大切なこととして確認されたのは、互いへの愛の配慮です(28,29)。これは、同じ教会で生きるユダヤ人クリスチャンのために、最低限の愛の配慮として避けてほしいということです。
 エルサレム教会は、パウロとバルナバに加えてユダとシラスを同行させ、書簡が届けられました。こうして会議の決議が伝えられ、教会は励まされ、福音宣教が進みました。

結   論

 人が決して到達しえない罪と死からの「救い」、これをただ「信仰」だけで得ることができるのは、「恵み」としか言いようがありません。自分の先入観や判断ではなく、このことを実現された神と主イエスへの感謝を新たにし、神を仰ぎ、神の恵みを味わい、自由と喜びをもって聞き従う歩みを進めてまいりましょう。

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