2022年9月25日 礼拝メッセージ

メッセンジャー:仁科宣雄師

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「ソロモンの失敗」            ( 列王記Ⅰ  11章 1~13節 )

できないことに落ち込むことなく、周りの人たちに感謝をささげながら人生を全うすることができることは幸いなことです。ソロモンは、神の知恵をいただいて、国を賢く治め、神殿を建築しました。その奉献式において神の栄光が現れ、神との生きた交わりが約束されました。が、人生後半にはこれまでの歩みを無にする結果となってしまうのです。

Ⅰ、ソロモンの失敗        

神の知恵によって国を治めるソロモンの名は遠くの国々にも知れわたり、彼は全ての王にまさって富と知恵を得たのでした(第1列王10:23)節)。栄華を誇ったソロモンですが、「王は集めてはならないとされる掟(申命記17:16∼17)」を破り、「馬」「妻」「金」を集めます。「馬」…馬を増やすことは、イスラエルの万軍の主ではなく、軍事力に頼ると意思表示することです。現に戦車と騎兵も多く所有していました。「妻」…多くの女性を「愛して」「離れず」「転じて」しまったのです。他国の女性との結婚は神に警告されていたことでした(11:1~3)。事実、彼女らが外国の神々を呼び込み、ソロモンはその神々のために礼拝の場を設け、偶像にいけにえをささげるようになりました。「金銀」…あり余るほど集め、富を誇りつつ、なお「欲」が出ます。重税となって民の不満が生みだされました。
 人間にとって大切なことは、得ることではなく、用いることであり、持つことではなく、管理することです。私たちの祈りが、神の祝福となるようにとその目的を心しましょう。

Ⅱ.神のさばき      (11章9~13節)

神はソロモンに二度も現れて、「他の神々に従ってはならない」と警告されていましたが、それを聞くことなく罪を犯しました。彼が悔い改めて立ち帰ることはありませんでした。神は、ソロモンに厳しい宣告をします。イスラエルの国を二分する。ただし、そのさばきは父ダビデが神に従い続けたことに免じて、ソロモンではなく、ソロモンの息子の時代に起きるとの宣告です。その言葉とおり実現し、やがて混乱の時代がやって来ます。ソロモンの罪が、息子レハブアムの時代に表されることになります。

Ⅲ.祝福を継承させる「反復」

 私たちに与えられている様々な「欲」は正しく使われているでしょうか?(ヨハネの手紙第一2章16,17節)この世と世の欲は過ぎ去るものと、わかっていても、神に信頼し、全てを委ねて生きることは大変な戦いです。ソロモンは神を愛し、その掟を知りながらも、欲におぼれていく自分と戦わなかったゆえに人生が狂っていった原因があるのです。
 イスラエルには毎日、毎週、毎年、反復すべきことが定められていました。「聞け、イスラエルよ。主は私たちの神。主は唯一である。あなたは心を尽くし、命を尽くし、力をつくして、あなたの神、主を愛しなさい。」(申命6・4~5)を毎日。「十戒」の「安息日を覚えて、これを聖なるものとせよ(出エジプト⒛・8)」を毎週。年に三度、過越しの祭り、七週の祭り、仮庵の祭りで主のなされたことを記念して忘れないためです。
 そして、その掟を守り得ない私たちのために、イエスの十字架があるのです。それはイエス自身と父なる神との間での壮絶な戦いでした。全世界の人々の救いのために神に従い通されたことで、神の祝福、「永遠のいのち」が与えられることとなったのです。

結  論    

「神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとっててすべてである」と、神は、ただ「恐れる神」ではなく「畏れる神」として共に歩んでくださる道を主イエスによって開いてくださいました。心から感謝しつつ、終わりまでこの主を信じ、従ってまいりましょう。

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