メッセンジャー:仁科宣雄師
「主の弟子マタイ」 ヨハネの手紙 第Ⅰ 4:7~12
ルカの福音書 9:51~56
マルコの福音書10:35~45
「人間は磨けば光るダイヤモンドの原石のようなもの」と松下幸之助は言い、創業当時、有能な人材を獲得するだけの力はなかったがゆえに人材の育成にことのほか努力を払ったそうです。神は一人ひとりにすばらしい素質を与えておられますが、それをどのように磨いていくか…親だけができることではありません。
Ⅰ.ヤコブとヨハネのあだ名「雷の子」 ( ルカ9:51~56 )
イエスの弟子のヤコブとヨハネは兄弟で漁師でした。二人とも短気で怒りっぽい性格で、イエスは「雷の子」というあだ名をつけたほどです。イエスたちがエルサレムへの旅の途中、サマリヤに泊まろうとした時のことです。サマリヤ人たちがイエスのことを歓迎しないのを見て憤慨したヤコブとヨハネは、かつてのエリヤのように天から火を呼び下して、焼き滅ぼしましょうか、と言うのです。イエスは、そんな二人を叱責します。49節では、ヨハネが心の狭い性格であることも見ることができます。
Ⅱ.ヤコブとヨハネの野望 (マルコ10:35~45)
イエスがご自分の最期の日のことを弟子達に話した時、二人は「あなたがイスラエルの王になったら、一人はあなたの右に、一人は左に座れるようにおことばをください」と願い出たのです。この話に母親も加わってきました(マタイ⒛:⒛)。これを聞いた他の弟子たちは憤慨します。イエスは、弟子たちが皆自分こそは…と栄誉を求めていることを知っており、先頭に立つ者は皆の「しもべ」であると教えられたのです。
Ⅲ、主に変えられて愛の使徒ヨハネへ ( Ⅰヨハネ4:7∼12)
イエスの昇天後、二人は生前イエスが話された一つひとつのことばの意味を知ることになります。イエスに従ったゆえにヤコブは最初の殉教者となり(使徒12:2)、ヨハネはパトモス島に流刑という(黙示録1:9)苦しみを受けることになりました。しかし、ヨハネは福音書と手紙、黙示録を記していますが、その手紙の中で、互いに愛し合うことを勧め、神は愛であること、その愛はイエスの十字架によって現わされたことを伝えています。ヨハネは自分の内には愛のひとかけらもなかったが、この私のために自ら選び取られたイエスの十字架のお姿に「本当の愛」を知ったのです。その主の愛に捕えられ、満たされ、変えられて、弟子ヨハネは「愛の使徒」として、生涯「神の愛」を伝え広めたのです。 母の日の起源には諸説がありますが、アメリカの一人の女性が母親への感謝だけではなく、平和のために奉仕した母親を讃える日として、追悼会の日、教会で白いカーネーションを配ったのが始まりです。彼女の母親は、女性として社会に様々な貢献をしていて、南北戦争中には平和を願って献身的に働いたそうです。アンナはその後、全ての母親の社会に対する貢献をたたえて「母の日」を祝日にする活動を行い、約10年の年月を経て、1914年にやっとその夢がかなったのです。本来、カーネーションは母親へのプレゼントではなく、自分の胸につけて母を偲び、その教えを心に留める意味があったそうですが、 改めて神様から与えられた「互いに愛し合う」生き方のすばらしさを教えられます
結 論
イエスはすべての人を弟子としたいと願っておられますが、それはみんなが互いに愛し合い、平和を作り出すためです。神の愛によらなければ、「どんな時にも、どんな人をも」愛することはできません。主にあって生きる者とされ、十分すぎる愛をいただいていることに感謝しつつ、さらに愛の深さを体験してまいりましょう。 |