2024年9月22日主日礼拝メッセージ「愛する民への戒め」

メッセンジャー:仁科宣雄師

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「愛する民への戒め」            (出エジプト記 20章1~17節)

本日の御言葉(出エジプト記 20章3節)
 あなたには、わたし以外に、ほかの神があってはならない。

「親しき仲にも礼儀あり」「慇懃無礼(いんぎんぶれい)」など、親しいだけに良い関係を長く続けるためにお互いを尊重し合い、尽くすべき礼儀、やり過ぎても行けない礼儀があると言うことですが、「礼儀」とは?お互いの尊敬、愛情が見失われないことを願うところです。

Ⅰ.愛と信頼の関係の中で     (19章)

 出エジプトから約2カ月、イスラエルの民たちはシナイ山の麓で宿営していました。神はモーセを通して、民たちに語られました。エジプトでの苦難から「救い出し」、「導かれた」神は、「わたしの声に聞き従い、わたしの約束を守るなら、あなたがたはわたしの宝となる」「祭司の王国、聖なる国民となる」と約束されました(19:4~6)。民たちは、この主なる父の言葉を受け取り、「主の言われたことをすべて行います(19:8)」と答えます。続いて神は、ご自身を現すため、民に身をきよめるよう命じられました。「聖なる手続き」です。

Ⅱ.十戒の授与       (20章)

 民の答えを聞いた神は、改めて愛と信頼の関係にある「主なる神」であるとの宣言をしてから、父が子に語るように、10の戒めを告げられます。
 ①前半の4つは「神との関係において、神を愛せよ」との戒めです。「わたしこそ天地を創造した唯一の神である。
  語ることも聞くことも関係を持つこともできない像を造り、それを拝み、仕えるなど何の意味があろうか。
  わたしは永遠に生きて、あなたを『ねたむほどの愛』で関わる。わたしを恐れ、全てを委ねて生きよ!」と、
  ここに表された愛を知り、この主との関係が築かれていく時、愛で応え得る者とされます。」
 ②後半の6つは人との関係において、隣人を愛することの戒めです。父なる神との愛の関係に導き入れられる時、
  人間どうしの関係も、その愛の上に築き上げられていきます。「わたしの定めた秩序の中に生き、わたしが造った
  いのちの尊厳を認めて生き、定められた結婚の秩序を守って生きよ。全ては私のものであり 、あなたがたの必要を
  知っていて、全てを備えることを信じ、寄り頼んで生きよ!」一言でいうなら、「隣人を自分のように愛しなさい」
  との戒めです。
 歩き始めた幼子が、危険な所に行ってけがをしないようにと「ベビーガード」を置いて守ります。そのように、神は愛する私たちのために「戒め」をもって私たちが罪に陥り、滅びに至らないようにと守っておられるのです。私たち人間が神のもとから離れて以来、神のなされたすべてのわざには「愛」が伴います。そして、その愛に対する人間の応答を求める=関係を持ち続けることを切に願われる主の姿があり、その愛と信頼関係において人間の守るべき戒めを与えられたのです。

Ⅲ.偶像を拝む民をとりなすモーセ    (32章)

 神がモーセにシナイ山で十戒をはじめとした民たちへの指示を語られたのは40日間!民たちはモーセの帰りが遅いことに不安を覚え、「神」を造って=偶像を礼拝します。確かに真の神への礼拝でしたが、その方法間違っており、飲食、戯れへと流され、第2戒を破る「罪」でした。神はモーセに彼らの裁きを宣告なさいます。その罪の姿を耳で聞き、目で見たモーセは「あなた(神ご自身が)誓われた約束を思いだしてください!」と、神の憐れみを求めて、同胞への愛をもって、とりなしの祈りをささげるのでした。

結  論

十戒は私たちに自分の罪を見させ、罪を犯してしまう「私」のために、主イエスはとりなし、十字架の愛を見せてくださいました。罪から解放された自由、宝の民の一人とされた喜び、神の御国に生きる恵みをもって、主の戒めに従ってまいりましょう。

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