メッセンジャー:仁科宣雄師
「主を愛して生きる新しい歩み」 (ヨハネの福音書 21章19∼31節)
本日の御言葉
「あなたはわたしを愛していますか。…わたしの羊を飼いなさい。」
ヨハネの福音書 21章17節
子どもたちが豊かに成長するために、多くのものが必要ですが,なくてならないものは「愛情」でしょう。今、世界で「愛」が乏しくなっています。お互いがお互いの喜びとなるために「愛情」が伴うとき、互いが互いを必要としあえる社会、本当の「winーwin」の関係は周りをも豊かにさせうる力あるものでしょう。
Ⅰ.徒労に生きる弟子たちへ語りかける主 21章1~8節
イエスに平安をいただき、新たな使命をいただいた弟子たちは、ガリラヤに戻りました。しかし、そこで何からどうしたらよいのか…戸惑い迷う中で、漁に出ました。夜通し働いても何も獲れませんでした。岸辺から「子たちよ、右のほうに網を下ろしなさい」と声がします。言われた通り網を下ろすと、驚くほどの大漁です。そこで彼らはその人がイエスであることが分かったのです。「右」というのは神の御支配のあるところとされています。神の御支配がないところでは、結果が出ないとその原因探しでさらに疲れます。種の御支配のもと進めるなら、徒労に終わることはないのです。
Ⅱ.生きるための必要を備えてくださる主 21章9~14節
岸に就いた弟子たちは、イエスの元に来ると、炭火がおこしてありその上に魚がのせられ、パンがあったのです。冷え切った体、おなかがすいた彼らのために食事が備えられていたのです。食事の時間を通して疲れを癒やしてくださるのでした。
Ⅲ・主を愛して生きる歩みへと導かれる主
①愛することの難しさを知るペテロ (15~17節)
主はペテロに「あなたはわたしを愛していますか?」と問われます。ペテロは「はい、もちろん」と目を合わせて言えない自分であることを知っていました。「あなたがご存じです。」と、この問答が3度続きました。2回目までは、「『神の愛』で愛しますか?』と問われていますが、ペテロは「はい、間的な愛情ですが、愛しています、」と、答えます。3回目には「あなたは人間的な愛しか持っていませんが、その愛でもよいから,わたしの羊を飼いなさい」とイエスの願いを託されたのです。
②ペテロだからこその働き (20~23節)
「私よりももっとふさわしい人がいます。」というペテロに、イエスは「最後まで信じきれなった、大言壮語したそのすぐあとで裏切った、あなただからこそできる働きでしょう」とおっしゃいます。これからペテロが養う羊とは、まさしくあなたのような人ですと…。
③ペテロの最期を備えておられる主 (18~19節)
ペテロは神の愛に燃やされて、神の言葉を伝えて行く新たな歩みを進めます。迫害の続く厳しい毎日でしたが、心は燃えていました。その最期は十字架につく道でした。主はペテロの栄光の姿を備えておられたのです。食べるため、生きるための備えだけでなく、「死ぬ」ことにおいても、神の栄光を現すことができるようにと神は備えておられたのです。私たちにも約束されている「最後の証しの奉仕」を全うすることができるように、主を愛し続けて参りましょう。今、愛が乏しくなっているのは教会です。教会しか、この主の愛を与えることはできません。この主の愛に燃やされ続けましょう。
結 論
私たちをまるごと愛して下さり、必要を備え、新しい力に満たして主の働きのために遣わして下さる主は、生きて共に働いて下さいます。こんな自分を愛してくださる主の愛に感動し、火をつけていただいて、この愛を分かち合う喜びを体験してまいりましょう。