メッセンジャー:仁科栄子師
「救いと平和をもたらす神の御子の誕生」 (ルカの福音書 2章 8~20節)
本日の御言葉 ルカの福音書 2章14節
「いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々に
あるように。」
2024年、世界では多くの争い、戦いが止むことはありませんでした。私たちの心の内には争い、怒りがなかったと言い得るでしょうか?神はイエス・キリストの誕生によって「私に」平和をもたらせてくださいます。それが、心に届く最大のプレゼントです。
Ⅰ.御使いのお告げ
ヨセフとマリアの信仰と従順により、民たちが待ち望んでいたメシア=救い主は生まれました。神が長い時をかけて計画された預言の成就です。しかし、その誕生を知る人はいませんでした。その知らせを告げたのは「御使い」です。イエスの生まれたベツレヘムの近くで夜、羊飼いたちが羊の番をしていた時、突如、空が明るくなり、光の中に御使いが現れたのです。驚き、恐れる羊飼いたちに「大きな喜びを知らせます」と前置きし、「今日、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。…その方こそイスラエルが待ち望んでいた救い主キリストです(2章11節)」と告げたのです。
Ⅱ.天の軍勢の賛美
さらに大空を埋め尽くすほどの天の軍勢が現れ、「いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人びとにあるように。」と大合唱です。「幼子として生まれた救い主によって、偉大なことが起きるよ!」という幕あけの賛美です。
「平和」とは、神に造られた私たち人間が、神のみこころにかなわない思い=「罪」から解放され、神との和解を得ると言うことです。神と人を隔てている「罪の壁」を今日、生まれた救い主によって取り払われ、神との間に平和が与えられる、つまり罪から救われるという祝福を御使いたちは賛美したのです。その神との平和によってはじめて人と人との平和がつくり出されるのです。
Ⅲ.み心にかなう羊飼い
羊飼いたちは、御使いを通して神が知らせてくださった言葉を信じました。そして「イエスに会いに行こう!」とベツレヘムへと急ぎ、飼葉桶に眠るイエスを探し当てました。当時、羊は「肉、乳、毛」だけでなく「捧げもの」としても人々の生活に欠かせないものでした。しかし、それを世話する「羊飼い」は、字も読めず、律法を守れない、神殿で礼拝を捧げられない者たちと蔑まれ、疎外されていました。みんなが住民登録をする中、羊飼いには登録するところがありません。誕生したイエスに捧げるプレゼントもありません。しかし神は、彼らに目を留めておられました。どんなに蔑まれても、その人たちを憎むことはない心を知っておられました。それゆえに彼らに現れ、誰よりも早く救い主に会えるという特別な恵みと栄誉を与えられたのです。神とそのみことばに対する素直さ、目の前の小さな赤ちゃんが救い主であることを信じる信仰こそが、神との平和を受けるにふさわしい心=みこころにかなう心だったのです。
羊飼いたちは自分たちの立場を忘れてしまったかのように、町の人々に、「今、出会った幼子こそが、待ち望んでいた救い主である」ことを伝えました。その知らせが自分たちのような者にまで届いたことを喜んで、神を賛美しながら心を弾ませて、いつもの羊の番へと帰って行ったのです。
結 論
クリスマスは、「愛の日」と言われますが、私たちの罪のために関係が壊れてしまった「神と人」の平和を回復されるために神の愛が働き、イエス・キリストが誕生しました。これを神のみわざと信じるところに、「私の救い、私の喜び」があります。この喜びを心から賛美し、力としていき(生き、行き)ましょう。