メッセンジャー:仁科宣雄師
「約束された救い主」 (イザヤ書 9章 1~7節)
本日の御言葉
ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。
ひとりの男の子が私たちに与えられる。
イザヤ9章6節
アドベントとは、ラテン語の「到来、接近」が語源で、神の約束されたメシアの到来を待ち望む、希望の時です。キリスト教では、12/25前の4回の日曜日の期間です。
Ⅰ.イザヤが伝えた神の約束 (イザヤ9章1~5節)
神は、神が造られた「人」の中で特別にイスラエルを選び、神と共に歩む祝福を見せようとされました。そしてアブラハムを通して民を祝福するという契約を結び、その契約を覚えて、イスラエルの人々がどんなに罪を犯しても、守り、祝福したいという気持ちが変わることはありませんでした。その御心に反して人々は「偶像」を作り、自分の思いのままに生きます。神の警告も響かないのです。結果イスラエルは南北に分裂しますが、真の神に立ち返ることはありません。アッシリアからの攻撃を受け、北王国は滅ぼされ、その勢いは南王国に迫ります。それは、まるで光のない闇の中を歩いているような、厳しく、苦しい時代でした(8章22節)。
①光を見るイザヤ (1~2節)・・・預言者イザヤは、苦しい地に住む人々に「しかし…」と、闇を覆す神の約束と中途半端な偽りの平和ではない神の希望を力強く語り、「大きな光を見る」「光が輝く」と、信仰の目で光を見ています。のちにメシアなるイエスはその働きの中で「わたしは世の光」とご自身を言い表します。悲しい歴史を歩んできたガリラヤの地はイエスによって栄誉を受けることになるのでした。
②喜びの先取り (3節)・・・イザヤは人々が神のみ前で喜びあふれる姿も見ています。罪の重荷からの解放が与えられるのです。「なぜなら」歴史の中に証拠があると…。
③平和の先取り(4~5節)・・・戦争が絶えず、到底喜べない現実を見ながらも、イザヤは神の約束を受け取り、やがて平和が訪れ、人々が神の御前で喜ぶ希望を語ります。
Ⅱ.救い主メシアが持つ4つの名 (6~7節)
「なぜなら」と、神の前で喜ぶことができるのは「神は私たちのために一人の男の赤ちゃんを誕生させる」からと、その理由を語ります。その赤ちゃんの肩に主権がある=王であることを意味しています。同時に、メシアが持つ4つの名前が預言されます。
①不思議な助言者…「不思議な」=人間の力をはるかに超えた神による驚異的な助言は、王として、民が苦しい時、迷う時、助言を与えて「正しい道」に導かれます。
②力ある神…神のひとり子は、王として戦いに勝利する勇者、勝利者、救出者です。
③永遠の父…永遠にわたってご自分の民を保護し、支え、愛するお方です。
④平和の君…神に敵対し、神の裁きを受けるはずだった私たちは、メシアによって「神との平和」が与えられます。これらの名を持つメシアの統治は、武力によらない完全な愛による統治です。不義不正を許さず、公正と正義による真の平和をもたらすのです。
Ⅲ.救い主誕生の約束
イザヤの力強い宣言は、「万軍の主の熱心がこれを成し遂げる」という保証のゆえでした。イザヤのことばを信じて、民は長い長い間、救い主の誕生を待ち望みました。預言者ミカは「ベツレヘムで」と、神の約束を伝えました。その700年後、救い主イエスは誕生したのです。私たちは信仰によって、主の誕生を喜び、祝います。そのイエスが、もう一度、今度は神を信じる私たちを罪に満ちた世から救い出すために来られます。アドベントは、再びイエスが来られる、その日を待ち望む希望の時でもあるのです。
結 論
2025年のアドベント、何を待ち望み、何を期待するでしょうか?私に必要な神との平和、さらに全世界に必要な真の平和を求めて祈り待ち望みましょう。
