メッセンジャー:仁科宣雄師
「希望の光をともす教会」 (使徒の働き 19章 8~20節)
本日の御言葉
あなたがたは、以前は闇でしたが、今は、主にあって光となりました。
光の子どもとして歩みなさい。
エペソ人への手紙 5章8節
今年もイルミネーションが輝き、クリスマス商戦も始まりました。クリスマスが全ての人を愛し、救うために主イエスがお生まれになった日として覚えられ、お祝い出来る事を願いつつ、この地域に建てられた教会としての働きを覚え、いまいりましょう。
Ⅰ.困難の中で主に仕え、伝道したパウロ (8~10節)
パウロの第3回伝道旅行、エペソでの伝道は順調に進められ、大胆に福音を語り、会堂に集う人々と神の国について論じあっていました。ところが、反対者によって会堂では語れなくなり、毎日ティラノと言う人の講堂で損じるようになりました。噂は人を呼び様々な地域からパウロの話を聞きにやってきました。結果的にはユダヤ人の会堂だけで語る以上の人々にも福音を宣べ伝えることができたのです。
Ⅱ.神のみわざと人々の回心 (11∼17節)
エペソは、世界中で有名な「アルテミスの神殿」をエペソが所有しているということを最大の誇りとする町でした。また、病気とか不安は、悪霊がやってきてその人の中に住みついたためと信じられており、悪魔払いは公認された職業でした。このような中で、神はパウロの手によって、癒しや悪霊を追い出すという神のみわざを行われました。それを見た巡回祈祷師たちは、「イエスの名」を使えば自分たちも・・・と、パウロの真似をします。しかし悪霊は、イエスへの信仰がない祈祷師たちには何の権威もないことが分かっていて、反対に祈祷師たちを打ち負かしたのです。この出来事を見た大勢の人たちは、神を恐れ、イエスの名を崇めるようになりました。また、イエスを信じた人たちは、即座に信仰を行動に移しました。神に喜ばれない行為を告白し、魔術を行っていた者たちは生活手段である魔術の書物を焼き捨てました。私たちは、このように神のみわざがはっきり見えれば、神様に対してもっと明確な応答ができるのに、何よりも神を信じる人が起こされるのに…と思ってしまうのではないでしょうか?信じた時、自分が、価値観がどのように変えられたでしょうか?
Ⅲ.希望の光を灯す教会
この信じる前と信じた後の違いをエペソへの手紙で「以前は闇、今は光です」と言いあらわしています。パウロはこの手紙において、「ことごとくのものがイエス・キリストにあって一つに集められる」というテーマを掲げています。自分自身のうちで戦っている闇の心が、主キリストによって罪を打ち負かし、全ての迷い、思いわずらいが主のもとで解決し、善が悪に勝利するのです。その心に主の光が現れ出るのです。パウロは、エペソで死を覚悟するような激しい「分断」の中にありましたが、み言葉を語り続けました。それは、みことばによって主の民は一つに集められ、御国を受け継がせることができると確信していたからです。「希望は失望に終わることがありません。聖霊によって神の愛が注がれているからです」と、「聖霊を受けましたか?(19章1∼7節)」と確認する意味がここにあります。聖霊によってこの主の愛は注がれ続け、希望の光を放つことができます。そして、イエスが神と私たちを一つにしたように、教会が神とこの社会を一つにする使命を与えられていると語ります。目に見える教会ですが、主のご臨在をあらわすのは、私たち一人ひとりの信仰です。
結 論
私たちが真剣に伝道する時、サタンも必死に働きます。しかしどのような中にあっても、私たちのうちにおられる主が「あなたは世の光です」と約束してくださっています。一人ひとりが神の体である教会として、主の光を輝かせて参りましょう。
