メッセンジャー:仁科宣雄師
「神のことばを語る聖書」 (使徒の働き 17章1~15節)
本日の御言葉
これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じる
ためであり、また信じて、イエスの名によって いのちを得るためである。
ヨハネの福音書 20章31節
知らないところを旅する中で、たとえ厳しい道であっても目的のものを目にする、手にする喜びは大きいものがあるでしょう。
Ⅰ.テサロニケでの伝道 (1~9節)
パウロたちはどこに行きたいというよりも、福音を伝えたいという目的をもって第2伝道旅行を進めていきました。ピリピの次はテサロニケ、当時世界を支配していたローマに続く主要な幹線道路に位置する大きな港町でした。そこでパウロは、イエスこそが旧約聖書で約束されていた救い主(メシヤ)であると説明すると、神を敬う多くのギリシャ人と、かなりの数の女性たちがイエスを信じ、パウロに従いました。が、一部のユダヤ人たちはそれを妬み、パウロたちをローマ帝国の治安をかき乱す革命運動の首謀者として訴えたのです。実際、福音の力は確かに人々の人生をひっくり返し、神に立ち返らせてきました。ある子どもが聖書を手にして「新約聖書はレボリューション=革命で終わるんだね」と言ったのですが、本当は「レヴィレイション=黙示録」と言いたかったのを間違えて「レボリューション」と言ったというのです。確かに聖書のことばが働く時、個人の生活のみならず、社会にも革命が引き起こされるのです。ヤソンたち同志に助けられて、パウロたちは夜のうちにベレヤへと向かいました。
Ⅱ.ベレヤでの伝道 (10~15節)
彼らは、ベレヤでもユダヤ人会堂でイエスが約束された救い主であると、聖書から引用し、語りました。ベレヤのユダヤ人たちは、驚くほど素直にパウロのことばに耳を傾け、心を開き、真実なら信じたいと言う気持ちでパウロのことばを聞きました。さらに毎日、自分たちで納得するまで(旧約)聖書に取り組み、そのうえで信じたのでした。ところが、このベレヤでの様子を聞いたテサロニケのユダヤ人たちが、執念深くベレヤにもやって来て、また群衆を扇動して騒ぎを起こしたのです。パウロは、また危機一髪で逃げるようにベレヤを脱出しました。ただ、このようにテサロニケには暴動を起こす人たちがいたのですが、イエスを救い主と信じた人たちも確かにいました。パウロがテサロニケにいた20日間という短い期間で「聖書に聞き従う」信仰の土台が築かれ、続いて教会の基礎となる人びとが救われ、その人たちによってテサロニケの教会が建てられ、この地方一帯の信者の模範となっていったことは大きな励ましです。
Ⅲ.救いに導く神のことば
神は、私たちが聖書を丸ごと、神のことばをして受け入れ、その言葉が自分の人生の過去、現在、未来にかかわるものであることを信じるようにと、願っておられます。「この一句が心の支えです…。」でとどまってはいないでしょうか?神は「全ての人が救われることを望んでおられます。そのために救われた人を用いられるのです。「伝道」には妨害が伴います。パウロからみことばを聞いた人たちは、信じ、救われました。伝えたパウロに力があるのではなく、みことばに力があったのです。私たちは常にみ言葉に戻ることが必要です。神のことばをとどめようとするサタンの策略に惑わされることなく、主のために、主の力をいただいて、伝えていきましょう(使徒の働き1章8節)。
結 論
世界のベストセラーと言われる聖書が、世界にどれほどの影響を与えていることでしょうか?神は聖書を通して、私たちが救い主イエスを信じ永遠のいのちを得ることを望んでおられます。救い割れた私たちはその恵みにとどまらず、さらに聖書に取り組み、恵みを深めてまいりましょう。
