2025年12月7日 第Ⅱアドベント礼拝メッセージ 「共におられる救い主」

メッセンジャー:仁科宣雄師

目次

「共におられる救い主」                  (マタイの福音書 1章 18~25節)

本日の御言葉
  「その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと
「神が私たちとともにおられる」という意味である。 
マタイの福音書 1章23節

「クリスマス=キリストの祭り」は、目にすることばも英語、フランス語、ラテン語など世界中で喜び、祝います。定番の色には神の御心があらわされています。赤は犠牲の血、緑は常緑樹=永遠の命、ゴールドは星、王、白は純潔をあらわしています。

Ⅰ.マリアへの受胎告知     (ルカの福音書 1章26~38節)

 マリアのもとにみ使いがあらわれ、「おめでとう、マリア、あなたは恵まれた方。主があなたと共におられます」と告げます。何かに当選したわけではないようです。驚き、戸惑うマリアにみ使いは「あなたは男の子を産むこと、名前をイエスと名付けるべきこと、その子はいと高き神の子である」と告げるのです。婚約はしていても、処女である自分が妊娠するなどありえないこと…状況がのみこめないでいるマリアに「その子は聖霊によるもの」と告げ、「神には不可能なことはありません」と締めくくりました。

Ⅱ.ヨセフへの告知      (マタイの福音書1章18~25節)

神がマリアを選ばれたということは、夫となるヨセフをも選ばれていたということになるでしょう。ヨセフは、マリアが妊娠したことを知って、マリアを人々の罵声、非難、厳しい処罰から救おうと悩み、離縁を考えます。そんなヨセフに、み使いはマリアの妊娠が聖霊によること、神のご計画であること、インマヌエルと呼ばれる神の約束が成就することを告げます。ヨセフは全てを信じ、マリアの苦悩をも受け入れたのです。マリアもヨセフも突然現れたみ使いのことばを聞いて恐れ、驚いたでしょう。だからこそ、み使いは「恐れることはありません」と前置きしています。2人は毎日の神との交わりの中で、毎日読む聖書を通して神がどのようなお方か知っていましたが、このことは2人の理解を超えていたでしょう。「無から有を呼び出す神」とあるみ言葉が、今このことなのか、と…。神は、私たちの考える常識をはるかに超えて、ご自身が必要とされることのためには、聖霊なる力として働かれるお方であると覚えましょう。

Ⅲ.インマヌエルの救い主

マリアにとっては、み使いのことばを受け入れたとしても誰にも言えない孤独の日々・・・。ヨセフにこの状況をわかってもらえて初めて2人で背負えます。しかしまだ若い2人にとって、襲いかかるのは「孤立」の苦しみだったでしょう。一番身近な両親であっても信仰があってこそ、受け止められることだったでしょう。2人は「共にいてくださるという神の力」に励まされて、全てをおゆだねしたのです。この約束は、遠く離れたベツレヘムの地でたった2人で、イエスを産むことになった時にも大きな力となったことでしょう。こうして誰もが理解できない方法で神の救いのご計画は進められました。イエスの誕生は、神がマリアとヨセフの信仰を確信していたことと、2人がこの計画が主の恵みと聖霊なる神の働きであると確信したことによって成就したのです。2人を待ち受ける人々の目、また、イエスを待ち受けていた社会は大変厳しいものでした。しかしイエスの誕生が、2人にとって、のみならず、すべての人々にとって慰めとなり、希望となり、生きる力そのものとなっていくのです。

結  論

救い主イエスは、私たちが救い主がこられるのを望んでも、望んでいなくても、私たちと同じ人間となられ、この地上に、そして私たちの前に来て、「おめでとう、わたしがあなたと共にいる」と語りかけてくださるお方です。このイエスの誕生を「メリークリスマス、クリスマスおめでとう!」と心からお祝いしましょう。

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